2007年02月23日

産後ケア院にいく・その17

そろそろまとめに入らないと、と思いながら
どこで終わればよいかわからず
悩んでいるうちに2月も終わりに。

とりあえず、その後どうなったか。
VIP施設を訪問させていただいたあと
夕食をごちそうしていただくことになった。

韓国料理ではなく「個室」で「まわる」中華料理、
あきらかに微笑が違う店員さん、
そして私以外全員韓国語で会話、という状況に
私の頭と目が回る。
義務教育で英語といっしょに韓国語を教えてほしかったと
心から思う。

みなさん私に気を使ってゆっくりしゃべってくださるが
先生も一生懸命訳してくださるが
私の気持ちがすでにテンぱっているので無理である。

ものすごくおいしかった料理、のはずだが
ほとんど味を覚えていない。
会話を楽しめないと料理の価値も半減する、と
いうことを異国の地で身をもって知る。

帰りは、最寄の地下鉄の駅まで送ってくださる。
いたれりつくせりで本当に申し訳なく思う。
これは何が何でも、日本に韓国の産後ケア院の内容を
効果的に伝えねば。

産後ケア院を訪問したあと、その内容と写真をもって
修士論文をみてもらった教授に会いに行く。

このシステムおもしろいですよ、
少子対策関連のひとつになりますよ。

教授は、私の話と写真をみて、とても興味をもたれようだ。

「じゃあ、9月に。」

この一言は
「9月に韓国に行くことにするから訪問調整よろしくね」
と同義である。

それからは、7月同様いろんな方々にまたご迷惑をかけながら
調整をすることになった。
ふたをあければ、9月に訪韓することになったメンバーは
団体様、になった。

大学院の教授ら4人、某NPOの理事を含む2人、某児童相談所員1人
韓国から日本に留学されている韓国人女子学生、
そして私と韓国語の先生、総勢10人。

この顛末期は、また後日。

投稿者 Taniguchi : 18:08 | コメント (0)

2007年01月05日

産後ケア院に行く・その16

VIP施設へ。

意外だったのは商業ビルの中にあること。
雑貨屋さんとか食事のできる店も入っているが
すべてが高級仕様である。

早速施設内に入れていただく。
VIP仕様だけあって中はとても広い。

リビングは20畳弱くらい?の広さで
そこに面してガラス張りの新生児室。
3畳位の面会室もリビングに隣接している。

リビングの奥にある個室も
日本でいうところの6畳~8畳くらいの広さ。
トイレとシャワーも完備。
特に豪華な部屋は天蓋つきのベッドがおいてあった。
韓国はオンドルの文化があるが
最近はベットが人気なのだそうだ。

ここも先ほどと同じで
たとえ実の両親といえども
リビングより奥の個室に入ってはいけないらしく
奥に入ってよいのは夫だけらしい。

ある意味プチ大奥ともいえる。
でもここでは男性が女性につくす施設のようで
美容院にあるようなシャンプー台があったのだが
これはスタッフが洗ってあげるためではない。

「夫が妻の髪をここで洗うのです。
 そうすることで妻は精神的安定感が得られます。」

ステレオタイプの男性と女性が聞いたら
めまいがするようなコメントである。

食堂はリビングと別にあり、この施設では
個人の体調に応じた食事内容が
提供できるということだった。

施設の玄関を出るとすぐに
系列の美顔&ネイル&ヘアサロンがある。
VIP施設に滞在中の産婦はこのサロンに通い
エステを堪能し、帰るときには
このサロンでヘアをセットして帰るんだそうだ。
さすがVIP施設。

と、以上の説明をこの施設担当者の女性が
してくださったのだが、オール「日本語」である。
それも流暢な日本語。

韓国で出産することになった
日本語しかできない女性でも
好奇心旺盛な方なら
いますぐいけるのではないだろうか?

この施設は産婦のパジャマも赤ちゃんの産着もオムツも
すべて用意してくれるから
身の回りのものだけ持って入れる。
いたれりつくせりである。

投稿者 Taniguchi : 16:22 | コメント (0)

2006年12月23日

産後ケア院に行く・その15

私と韓国語の先生、そして産後ケア院の
社長・本部長の4人で
産後ケア院見学のために車で出かける。
社長自ら運転である。申し訳なくて緊張する。

本日見せていただくところは2箇所。
産婦人科医院が経営しているところと
事業家が経営しているところ。
前者はスタンダード仕様、後者はVIP仕様である。

車の中で社長がなんでも聞いてください、とおっしゃる。
ええと、いろいろあるけどとにかくこれでしょ。

日本人が利用したことはありますか?

「ありますよ」

そうだろうなあ。

利用された方が、韓国在住だったのか
それとも日本から行ったのかは聞きそびれた。
でも、里帰りするよりお金はかかるが、気も楽だし体も楽。
そう考える人は利用するだろうなあ。

そんなふうに思ったのには理由がある。
日本において、出産後に里帰りをされた方の
ヒアリングをしてみると
予定滞在日数を切り上げて実家に戻る産婦が
実に多いのである。

1ヶ月しっかりいようとずいぶん前から
計画しているにも関わらず、である。
なぜか?

「親(おもに実母)とケンカする」からだそうである。

理由はいろいろあるようだが、そのなかには
「圧倒的な世代間情報ギャップ」
「世代間コミュニケーションギャップ」
関係していると考えている。

「圧倒的な世代間情報ギャップ」について少しだけふれる。

数年前、正確な育児情報を発信するために
赤ちゃんを科学する、というコンセプトのもと
「日本赤ちゃん学会」がつくられた。

その学会の推薦図書は下記に紹介するが
その本の中でもいわれているように
育児情報がいま本当に「氾濫」している。
私が生まれた頃などとはくらべものにならない。
育児雑誌が相次いで創刊されたのは
10数年前(1990年代前半)だから当然といえば当然である。

リサーチ目的でこれらの育児雑誌を
出版社別に1年分まとめて読んでみた。
驚いた。

多少なりとも医療の知識を持って
専門用語もまずまず理解できる私ですら
読むのに手間取る専門用語の多さ、内容の詳細さ、
情報量の圧倒的多さに驚いた。

「これらをすべて体得せねばならぬなら、私は親になれなくていい」
と本気で思った。

娘が里帰りをする。
親としては育児知識を教えてあげようと思ったら
それはもはや間違った知識だと娘に言われる。
「でも私はそうやってお前を育てたのよ」と言っても
それは昔の話、と一蹴される。

それがいたる場面ででてくれば
チリもつもれば山となる。
当然、ケンカになる。

このあとに
「世代間コミュニケーションギャップ」の
問題が派生する。(それは後日別のカテゴリーで)

そして、滞在予定半ばで帰宅、
夫はびっくり、ということになるらしい。

ちなみに、里帰りをする理由。
いろいろあるが
里帰りする側の意見の一部を以下にあげる。

親だから夫より気を使ってくれる
(夫より気をつかわなくていい)
親だから夫より用事をしてくれる
(夫といる時より用事をしなくていい)
親だから夫よりお金を使ってくれる
(夫といる時よりお金を使わなくていい)

かいつまむとこんな感じらしい。

韓国にも里帰りはあるのだそうだ。
しかし、それでも産後ケア院を利用する理由。
産後ケア院が増えた理由。
これはのちに9月に大学院の教授たちと再訪問したときに
浮かびあがる。
(それは9月訪問編に書く予定)

前置きが長くなったが、最初の産後ケア院へ。
産婦人科医院から歩いて
30秒くらいのビルのワンフロアにそれはあった。

施設長は看護師さん。
きれいなフロアの中央がリビングで
それに隣接してガラス張りの新生児室。
それらを取り囲むように4畳半サイズの個室がならんでいる。

産婦同士のコミュニケーションができやすいタイプ。
リビングにパジャマ姿の産婦さんたちが
2~3人に分かれて2~3つのグループで談笑されていた。

女子大の寮みたいな感じであろうか。
トイレとシャワーは共同(たしか)でご飯はみんなで食堂で食べる。
とほ宿に抵抗がない方なら
居心地はよいのではないだろうか。
とっても楽しそうである。
ちなみに夫は24時間いつでもきていいらしい。

次は、VIP施設へ。


投稿者 Taniguchi : 13:24 | コメント (0)

2006年12月05日

産後ケア院にいく・その14

とにかく社長のおかげで切り出せる。

病院勤務時代に優秀な看護職が
やめていったりつぶれていったりしたこと。
これは社会の損失ではないのか?と考えて
いろいろ行動していたこと。

2004年に見た韓国の産後ケア院の記事を見て
大学や大学院で知り合った看護職たちが全員
「おもしろい」と言ったことがきっかけで
それに関するビジネスプランを書いたり
大学院の修士論文に産後ケア院を盛り込んだこと。

自分の話をしにきたわけではないので以上を手短に話す。

「・・・で、教授から実際に行って見て来い、と言われて
 本日まいりました。」

黙って聞いておられた会長はおもむろに話されだした。

ご自身の体験と見たことからこのビジネスを思いつき
パートナーが賛同してくださりビジネスモデルとして
10年かけてブランドを構築したこと。

身長160cmの私より小さく、細い会長。
しかしオーラはすごかった。
この体からものすごいエネルギーを
発しておられるんだなあと感動する。

途中、感動しすぎて泣く。
訳しながら先生も泣きそうになったらしい。
そのくらいすごかった。

で、記念写真を撮りましょう、と言っていただく。
「これをブログに載せなさい」ともおっしゃった。
諸事情により差し控えていたが、状況が変わったので
掲載させていただく。

【左から・私と会長と本部長】

IMG_0004.JPG

投稿者 Taniguchi : 11:39 | コメント (0)

産後ケア院にいく・その13

親切なおじさんと別れて、てくてく先生と歩く。
途中、人にも聞きながら(もちろん聞いてくれるのは先生)
ようやく会社を発見する。なんとか時間通りである。

こんにちは。
すると相手は驚いていた。
「よくたどり着けましたね。」
いや途中たどりつけないかと思いました、とはいえない。
いきなり女性本部長に握手をされ、会長兼社長室に通される。

東京のシンポジウムで一度だけお会いしたとはいえ
本部長に手を握られたまま部屋に案内されたのでかなり舞い上がる。
そのまま会長とご対面、しかも会長は
正装のチマチョゴリで出迎えてくださった。

チマチョゴリを結婚式以外の場所で初めて見た。
私はといえば、ワンピースに白いジャケット。
着物を着てくるべきだったかとこの時点ですでに反省。
緊張のあまり何をしゃべるのか忘れる。
思い描いていた言葉が吹っ飛ぶが、しかし私がしゃべらないと
先生は訳せない。(あたりまえだ)

とにかくお土産を渡さねばと、日本から持参した緑茶を渡す。
なぜ土産が緑茶かというと、韓国でいま緑茶がブームらしいと
先生に聞いたからである。

緑茶→京都はお茶どころ→重量も軽い→持って行きやすい
→よし、緑茶にしよう!
安易な決定である。
買う場所は、一保堂さんと決めていた。
理由は簡単、他府県の老舗お茶菓子屋に嫁いだ友人が
「いろいろ飲んだけどお茶はここよね~」と言っていたからである。
自分の舌には自信がないが友人の舌には自信がある。

お土産は無事に渡せた。
しかしお土産を渡しにきたわけではない。
しかし、何をどう切り出すかすでにふっとんでいたので
本論につなぐ言葉がなかなかでてこない。

すると社長が見かねて助け舟を出してくださった。
「論文を書かれたそうですが」
相手に助けてもらう訪問ってどうやねん。また反省。

投稿者 Taniguchi : 11:08 | コメント (0)

2006年12月04日

産後ケア院にいく・その12

V4010033.JPG
【食堂で食べたテールスープ・おいしかった】

会社のある最寄の駅に着く。
昼ごはんを食べていないのと会社の場所がいまいちわからないので
近所の食堂でご飯を食べて店の人に場所を聞こうということになる。

先生と1件の食堂に入る。
このあたりは観光地ではないので日本人はほとんど来ないらしい。
お店に入り、テールスープを頼むと
最初に何皿かお惣菜がでてきた。これは無料なのだそうだ。
なんて太っ腹な、と思いながらある1皿をたいらげた。
すると。なんとお店の人がおかわりを持ってこられた。

なぜ?!

先生が解説してくれた。

1.私
  →おいしいから、たいらげる
2.お店の人
  →「ん?足りなかったのかしら?追加しなきゃ!」
3.私
  →「?!」

だから、少し残しておかないと次々入れられてしまうそうだ。
日本のわんこそばのようだ。
(最近のお店ではおかわりをいれないところもあるらしい)

お店のおばさんに話しかけられる。
「こちらにはどんな御用で?」

「調査」という単語がわからず「勉強です」と答える。
おばさんは不思議そうな顔をされた。
そりゃそうだ。学生にしては老けている。(笑)

お店のおじさんに地図をみせて会社の場所を尋ねる。
するとおじさんは外に出て行った。
どうやら自分もお店の人もわからなかったので
外にいる人に聞きに言ってくれたらしい。
なんてやさしいおじさん。

うれしかったので日本から持参したプチ土産をお渡しする。
おじさんは「アイゴッ!」と叫んで照れていた。
しかも帰るとき外まででて見送ってくれた。
おじさん、本当にありがとう。

投稿者 Taniguchi : 19:08 | コメント (0)

2006年10月22日

産後ケア院にいく・その11

訪問当日の朝が来た。
訪問予定は14時。前日の疲れで朝8時を過ぎても起きれず。
朝8時に起きたらおかゆをホストさんがご馳走してくれるのに。
食欲なんか敵にもしない睡眠欲。

ようやくお昼まえに立ち上がる。
遅れてはいけないので、先生と早めに出発。
電車を乗り継ぐので、便利なTmoneyカードをコンビニで購入。

チャージをしようとコンビニ店員さんに話しかけるが
またしても通じず。先生に助けてもらう。
へこんでいたが、あとで「チャージしてください」ではなくて
「充電してください」というと通じるらしいことが判明。
(それだけの理由だったかは不明)

地下鉄(一部地上に出る)に乗って、いざ
産後ケア院を経営している会社へ向かう。
この会社は街外れにあるのでとっても遠い。
そしてソウルの地下鉄はゆっくり走る。
ちょっとだけ遠足気分である。

電車の中でびっくりしたのは「モノをうる」人がいたことである。
最初に見たのは扇子を売るおじさんだった。
前口上(たぶん)に始まり、扇子をひろげて
あきないトークを車両中に響く声でする。

たぶん「この扇子はそこらのモンと違いまっせ皆さん」みたいな
ことを言っているんだろうと思いながら
これ買う人いるのかなあ?と思ったら
いきなり隣のおばさんが買っていた。

またひとつ違い発見。

投稿者 Taniguchi : 15:10 | コメント (0)

2006年10月18日

産後ケア院にいく・その10

水冷麺を食べたあと、おやつを買いに近くのロッテマートへ。
22時だからもう閉まっているかと思いきや、なんとたくさんの人たちが!
いま休日の午後だったかしら?と思わんばかりの人の多さ。
そして家族連れの多さ。日本より少子なのに子どもがうろうろ。

後日いろんな方に聞いたところ、両親共働きの場合、
夕食をマートの中で一緒にすませてその後買い物、
ということがよくあるらしい。
だから遅い時間に家族連れが多いんだそうだ。

「韓国から日本に観光にきた人は
 日本は店が早く閉まる、とよく驚くよ」
と先生。

日本ととっても近いけど、いろんな違いが見えてくる。
百聞は一見にしかず。(絶対ではないけれど)

投稿者 Taniguchi : 20:02 | コメント (0)

2006年10月12日

産後ケア院にいく・その9

やっとの思いで某マンションに着く。
ここの宿は、日本人男性と韓国人女性のご夫婦で
営んでおられる。
しかし、現在出産準備のため奥様はご実家に戻られており
男性おひとりで切り盛りされている。

ドアを開けたら「いらっしゃいませ」と日本語が。
ああ、日本語ってなんて素敵だったんだろう。
日本語万歳。

韓国語の先生とも合流できて一安心。
ホッとしたらおなかが空いてきた。
そこで近くの食堂にいく。

で、水冷麺を注文する。
ずいぶん前に大阪の鶴橋で食べた水冷麺がまずくて
それ以来食べていなかった水冷麺。
本場の味はどうだろうと挑戦してみた。

めちゃくちゃおいしかった。

日本で食べた味とまったく違う。

今日の疲れも飛ぶなあ、とか思いながら顔を上げると
キムチ冷麺を頼んであまりの辛さに
口から火を噴きそうになっている先生がいた。

ちょっとだけ、味見させてもらう。

真紅の唐辛子をそのまま食べたっけ?!と
思うくらい衝撃的な味。
今すぐ怪獣になれそうな味。
これがスタンダードなのか?恐るべし韓国。

キムチ冷麺、たぶん二度と頼みません。

投稿者 Taniguchi : 21:22 | コメント (0)

2006年10月11日

産後ケア院に行く・その8

主題になかなか入れない。そしてまだまだ入れない。

なんとか仁川空港に着く。
入国カードもなんとか出す。
さあ、往復切符を買ってソウルまでバスでいくぞと意気込むが
なぜか片道切符しか売ってくれず。
私の韓国語はそんなに通じないのかとさらにへこむ。

バスの中ではひたすら心の中で呪文を唱え続ける。
でもふと気づく。
どこが終着かわからないのに、どのタイミングで
運転手さんに呪文を言えばいいのか?

一度行った韓国はプサンだったことを
このバスの中で思い出す。遅い。
終着のソウル駅ってどこ?

ソウル駅に着くのはもう夜だから文字も見えにくいかも。
とにかくバスの中に人がいなくなり始めたら
いえばいいのかな。
で、人が少なくなり始めたので例の呪文を言う。

通じているのか通じていないのか。
運転手さんの反応がわかりにくい。
というより韓国語が聞き取れない。

だから、その後の停留所でに「ここですか?」(一応韓国語)と
降りかけるたび、運転手さんに手でバスの中で入れ、と
招き入れられることを繰り返す。

ようやく呪文で唱えたところについたらしく
運転手さんが振り返って教えてくれる。
どうやら通じていたらしい。初めてまともに通じて感動する。

運転手さんどうもありがとう、さようなら、と韓国語でいうと
なぜかバスをおりて地図をみて案内してくれた。
なんてやさしい運転手さん。
そしてまた通じたことに感動する。

でも。
さっぱり聞き取れなくて運転手さんが教えてくれていた
どうやら近道らしい道順をいくことはできず。

教えてもらったにも関わらず、うろうろしていた私に
おじさんが遠く運転席から叫んでいるのが聞こえたが
無視する形になる。

某語学学校のCMは、他人事ではありません。
ごめんなさい運転手さん。

投稿者 Taniguchi : 17:12 | コメント (0)

2006年10月01日

産後ケア院に行く・その7

とにかく私が日本人とわかってもらえれば
入国カードをくれるはず。

とにかくいおう。
私、日本人です。
こんなに飛行機の中で
国籍を意識しなければならないとは思わなかった。

もうはるか後方席に行っている韓国人のキャビンアテンダントを
再度呼び止め、ふりむかせて、彼女の入国カードを持っている手を
指差しながら韓国語で言った。

「私日本人です、(だから・・・)」

そのあと続ける予定だった
「だから入国カードください」
をいう前に彼女は勢いよくしゃべりだした。

韓国語で。

「!?(オゥ!?まではきこえた)○×△■★△☆」

もちろん聞き取り不能。
とにかく彼女が

1.困った顔で
2.なにか事情を説明している

のがわかった。
とても途中で割り込めず、ずっと韓国語のシャワーを浴びる。

そして、説明をし終えた彼女は
しぶしぶ私に渡し、さっさと去っていった。

自社航空の名前入りボールペンを。

なぜ!?

どうやら彼女は私のことを
「彼がもっているボールペンを私にもくれ、とねだるしつこい韓国人」
だととらえられたようです・・・。

その後、日本人のキャビンアテンダントをつかまえて
もらいました、入国カード。

いま、私の手元には、某航空のボールペンがございます。
書きやすいです、はい。

投稿者 Taniguchi : 13:35 | コメント (0)

2006年09月30日

産後ケア院にいく・その6

飛行機も飛び立ち、前方からキャビンアテンダントが
税申告書と入国カードをもって歩いてくる。

もらうぞ、もらうぞ、と彼女を見続ける私はかなり変である。
キャビンアテンダントと目が合った。
手を挙げた。
彼女は私の隣まで来てくれた。

そして。
隣の白人男性に、用紙とボールペンを渡して
なんとそのまま去っていった。

おねえさん!?

あっけにとられてしばらく何がおこったかわからず
ボーゼンとしていたが、いや、しかし
ここで引くわけにはいかない。

再度アプローチ。

私に用紙くださいな。

すると彼女はいった(ようにきこえた。韓国語はまだまだわからない)。

「彼に渡しましたよ」。

???

あっと思った。
どうやら、また私は韓国人に間違えられたようである。

以前、韓国にいったとき、
こんにちはといいかけたホテルのメイドさんが
顔を見て「アニョハセヨ」といいなおしたくらい
私は韓国顔にみえるらしい。

この彼女も、
「アンタ韓国人だから入国カードいらないでしょ?」
ということらしい。

そして、税申告書も要らないと思われたのは
隣の白人とカップルだと思われたのである。

カップルなら税申告書は1枚でいいのよ、ということらしい。

ちがうんです!
ガムもらっただけなんです!!
この人知らない人なんです!!!

とは、韓国語でまだ言えません。
英語で言ったらシャイなお兄さんが傷つきます。

どうするよ。

投稿者 Taniguchi : 17:54 | コメント (0)

2006年09月23日

産後ケア院に行く・その5

飛行機搭乗の時間。
利用するのは某韓国系航空会社。

今回、私は機内で必ずすることがあった。
それは「入国カード」をもらうこと、である。
アホかと思われそうであるが大真面目である。

初めての海外旅行で友人2人と香港にいったとき
機内で入国カードをもらい損ねて
現地空港内でえらいことになった経験があるのだ。

入国カードをもらうぞ!

そんな意気込みを持って
この飛行機にのっているのは私くらいであろう。

機内に乗り込み私の席を探す。
隣はシャイそうな白人の若い男性だった。
目があった。
相手が笑ったので、にっこり笑って会釈した。
座席に座ると、彼がいきなりガムをくれた。

サンキューと礼を言うが、頭の中は
入国カードと韓国語の「まじない文句」でパンパンである。
彼と会話する余裕などあるわけもなく
それ以上の会話はその後一切なかった。

しかし。
この「隣の彼からガムをもらう」という行為を
どうやら、韓国人キャビンアテンダントにみられていた、ようなのだ。

それが、このあと思わぬ誤解をうむことになる。
人生はすんなりいかないもんだ。

投稿者 Taniguchi : 19:18 | コメント (0)

2006年09月22日

産後ケア院にいく・その4

出発の日が来た。
本当にたどりつけるのか?

友人はよく知っているが、私はかなりの方向音痴である。
日本なら言えるが、韓国で「ここはどこでしょう?」と聞くのは
地理がわからないから無理である。

でもまあ、韓国でも迷えば
国際的方向音痴としてハクがつくか。

出発前の私の荷物は超身軽でスーツケースすらない。
でも、頭の中は不安でパンパンである。

パスポートとカードさえあればなんとかなる。

そんな呪文をとなえながら関空へいくが
なぜか関空内で迷子になりかける。

・・・もうイヤだ。

投稿者 Taniguchi : 10:33 | コメント (0)

2006年09月19日

産後ケア院に行く・その3

冷静になればなるほど現実がコワイ。
初めてのおつかい以上のプレッシャーである。

買い物に怖くて行けませんでしたハハハ、というもんではない。
相手さんがおられることである。
「気分はマリッジブルー」という表現に変更させていただく。

とにかく、関西空港、仁川空港、リムジンバス、徒歩10分。
これを克服して宿にたどり着けば先生に会える。
「気分は母を訪ねて三千里」という表現に変更させていただく。

先生は旅立つ前にご指導をしてくださった。

「いい?とにかく、リムジンバスに乗ったらね
 ソブヨッカジカゴシッポヨ、と言うのよ」

先生、それは迷子にならないおまじないでしょうか?

「リムジンバスの最終降車場所は宿から遠いの。
 でも降車場所から乗車場所にそのままバスは移動するの。
 乗車場所から宿までは徒歩10分だしわかりやすいの。
 だから乗車場所まで乗せてください、と
 運転手さんにお願いするときに言うの」

先生、韓国語習って2ヶ月の私になんて敷居の高いことをおっしゃる。
「気分は虎穴に入らずんば虎子を得ず」
という表現に変更させてください。

大丈夫か、ワタシ。

投稿者 Taniguchi : 13:32 | コメント (0)

2006年09月03日

産後ケア院にいく・その2

韓国語の先生がおっしゃった日程は
いまからだと「かつかつ」な日程だけど
「不可能」な日程ではない。

卒業後、私のブースに訪れた教授は言っていた。
「(産後ケア院の)講演会開いてみたいね、聞いてみてよ」
そんな簡単に言わないで、と思っていた。

でもいまは、なんだか実現可能な気がしてきた。
すこぶる単純である。
ええい。だめもとでアポをとってみよう。

2月に名刺交換した日本のとある会社の方に連絡をとってみる。
産後ケア院の訪問って可能ですか?

はっきりいって無謀である。
でもそんなことは重々承知である。

返事がかえってくるかどうかなんかわからない。
返ってこなければご縁がなく、返ってくればご縁がある。
占い師に占い結果を言われる前のような気分である。

すると。
日本の某会社の方はとてもよい方だった。
いろいろお骨折りくださりなんといけることになった。

それが7月7日。ロマンチックな気分になる暇もなく
すぐに航空券手配。泊まるところは友人の紹介。
ばたばたと手配を終えたところで、はたと気づいた。

先生は先に現地入り、そして私より遅く帰国される。
つまり現地集合、現地解散。ひとりで行き、ひとりで帰る。
いままでの数少ない海外旅行はすべて友人と行ってきた。
しっかり気づいた。

ひとりで外国へいくのが今回初めてだということに。
急に気分は「初めてのおつかい」。

投稿者 Taniguchi : 11:33 | コメント (0)

2006年08月06日

産後ケア院にいく・その1

私が韓国にある産後ケア院を知ったのは、2004年の10月である。
産後ケア院とは、出産を終えて産科を退院した女性が
2週間から1ヶ月滞在する場所である。

日本流に言うと「産婦新生児対象短期入所型デイケアサービス」
となるのであろうか。

看護職の今後の活躍場所は、このままだと病院以外である、というような
修士論文を書く際に、デンマークやニュージーランドの事例とともに
一例として韓国の産後ケア院の話を入れた。
海外旅行2回のみの私が、論文ではなんだかグローバルである。

その後、修士論文を書き終えた2月に韓国における
産後ケア院の最大手であり創始者の方が基調講演を
されるというので東京に行き、名刺交換をさせていただいた。

百聞は一見にしかず。
いつか見学にいきたいと思いながら、まずは韓国語だろうと
5月から韓国語を習い始めた。
習い始めた翌月、韓国語の先生が私にこんなことを言った。

「韓国に行く用事があるけど、あなたも一緒にいく?」

え?何でですか?

「行きたいって行ってたじゃない、産後ケア院。
 行くなら通訳してあげるけど。」

たしかに文献だけで知る産後ケア院ではなく、本物をみたかった。
それに、大学院の教授たちには、
修士論文の口頭試問のときに言われていた。

「(産後ケア院)おもしろそうだから、キミ実際に見てきなさい。
 もっといえば1年くらいそこで働いたらいいんだよ。」

論文の口頭試問で、教授に出稼ぎをすすめられた生徒って
私のほかにいるんだろうか。

投稿者 Taniguchi : 12:02