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2006年09月30日
産後ケア院にいく・その6
飛行機も飛び立ち、前方からキャビンアテンダントが
税申告書と入国カードをもって歩いてくる。
もらうぞ、もらうぞ、と彼女を見続ける私はかなり変である。
キャビンアテンダントと目が合った。
手を挙げた。
彼女は私の隣まで来てくれた。
そして。
隣の白人男性に、用紙とボールペンを渡して
なんとそのまま去っていった。
おねえさん!?
あっけにとられてしばらく何がおこったかわからず
ボーゼンとしていたが、いや、しかし
ここで引くわけにはいかない。
再度アプローチ。
私に用紙くださいな。
すると彼女はいった(ようにきこえた。韓国語はまだまだわからない)。
「彼に渡しましたよ」。
???
あっと思った。
どうやら、また私は韓国人に間違えられたようである。
以前、韓国にいったとき、
こんにちはといいかけたホテルのメイドさんが
顔を見て「アニョハセヨ」といいなおしたくらい
私は韓国顔にみえるらしい。
この彼女も、
「アンタ韓国人だから入国カードいらないでしょ?」
ということらしい。
そして、税申告書も要らないと思われたのは
隣の白人とカップルだと思われたのである。
カップルなら税申告書は1枚でいいのよ、ということらしい。
ちがうんです!
ガムもらっただけなんです!!
この人知らない人なんです!!!
とは、韓国語でまだ言えません。
英語で言ったらシャイなお兄さんが傷つきます。
どうするよ。
投稿者 Taniguchi : 17:54 | コメント (0)
2006年09月23日
産後ケア院に行く・その5
飛行機搭乗の時間。
利用するのは某韓国系航空会社。
今回、私は機内で必ずすることがあった。
それは「入国カード」をもらうこと、である。
アホかと思われそうであるが大真面目である。
初めての海外旅行で友人2人と香港にいったとき
機内で入国カードをもらい損ねて
現地空港内でえらいことになった経験があるのだ。
入国カードをもらうぞ!
そんな意気込みを持って
この飛行機にのっているのは私くらいであろう。
機内に乗り込み私の席を探す。
隣はシャイそうな白人の若い男性だった。
目があった。
相手が笑ったので、にっこり笑って会釈した。
座席に座ると、彼がいきなりガムをくれた。
サンキューと礼を言うが、頭の中は
入国カードと韓国語の「まじない文句」でパンパンである。
彼と会話する余裕などあるわけもなく
それ以上の会話はその後一切なかった。
しかし。
この「隣の彼からガムをもらう」という行為を
どうやら、韓国人キャビンアテンダントにみられていた、ようなのだ。
それが、このあと思わぬ誤解をうむことになる。
人生はすんなりいかないもんだ。
投稿者 Taniguchi : 19:18 | コメント (0)
2006年09月22日
産後ケア院にいく・その4
出発の日が来た。
本当にたどりつけるのか?
友人はよく知っているが、私はかなりの方向音痴である。
日本なら言えるが、韓国で「ここはどこでしょう?」と聞くのは
地理がわからないから無理である。
でもまあ、韓国でも迷えば
国際的方向音痴としてハクがつくか。
出発前の私の荷物は超身軽でスーツケースすらない。
でも、頭の中は不安でパンパンである。
パスポートとカードさえあればなんとかなる。
そんな呪文をとなえながら関空へいくが
なぜか関空内で迷子になりかける。
・・・もうイヤだ。
投稿者 Taniguchi : 10:33 | コメント (0)
2006年09月19日
産後ケア院に行く・その3
冷静になればなるほど現実がコワイ。
初めてのおつかい以上のプレッシャーである。
買い物に怖くて行けませんでしたハハハ、というもんではない。
相手さんがおられることである。
「気分はマリッジブルー」という表現に変更させていただく。
とにかく、関西空港、仁川空港、リムジンバス、徒歩10分。
これを克服して宿にたどり着けば先生に会える。
「気分は母を訪ねて三千里」という表現に変更させていただく。
先生は旅立つ前にご指導をしてくださった。
「いい?とにかく、リムジンバスに乗ったらね
ソブヨッカジカゴシッポヨ、と言うのよ」
先生、それは迷子にならないおまじないでしょうか?
「リムジンバスの最終降車場所は宿から遠いの。
でも降車場所から乗車場所にそのままバスは移動するの。
乗車場所から宿までは徒歩10分だしわかりやすいの。
だから乗車場所まで乗せてください、と
運転手さんにお願いするときに言うの」
先生、韓国語習って2ヶ月の私になんて敷居の高いことをおっしゃる。
「気分は虎穴に入らずんば虎子を得ず」
という表現に変更させてください。
大丈夫か、ワタシ。
投稿者 Taniguchi : 13:32 | コメント (0)
2006年09月03日
産後ケア院にいく・その2
韓国語の先生がおっしゃった日程は
いまからだと「かつかつ」な日程だけど
「不可能」な日程ではない。
卒業後、私のブースに訪れた教授は言っていた。
「(産後ケア院の)講演会開いてみたいね、聞いてみてよ」
そんな簡単に言わないで、と思っていた。
でもいまは、なんだか実現可能な気がしてきた。
すこぶる単純である。
ええい。だめもとでアポをとってみよう。
2月に名刺交換した日本のとある会社の方に連絡をとってみる。
産後ケア院の訪問って可能ですか?
はっきりいって無謀である。
でもそんなことは重々承知である。
返事がかえってくるかどうかなんかわからない。
返ってこなければご縁がなく、返ってくればご縁がある。
占い師に占い結果を言われる前のような気分である。
すると。
日本の某会社の方はとてもよい方だった。
いろいろお骨折りくださりなんといけることになった。
それが7月7日。ロマンチックな気分になる暇もなく
すぐに航空券手配。泊まるところは友人の紹介。
ばたばたと手配を終えたところで、はたと気づいた。
先生は先に現地入り、そして私より遅く帰国される。
つまり現地集合、現地解散。ひとりで行き、ひとりで帰る。
いままでの数少ない海外旅行はすべて友人と行ってきた。
しっかり気づいた。
ひとりで外国へいくのが今回初めてだということに。
急に気分は「初めてのおつかい」。